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中国史⑤ 諸子百家


諸子百家

今回は諸子百家です。春秋戦国時代を生き抜くために各国は富国強兵を行う必要がありました。
そんな中、才に長けた思想家・政治家を戦国の七雄は必要としていたのです。

動画にもあるとおり、諸子百家の考えは現在の日本にも大きな影響を与えています。本屋のビジネス書のコーナーにいくと「孫子に学ぶ〜」という類の本の多いことに気づくことでしょう。笑

儒家VS法家

儒教と法律、本来は相反するものではないのですが、古代中国(に限らずかもですが)では対立する考えと見なされていた節があります。

儒家

儒教とは、皆さんのイメージするところの「道徳」です。
儒教では「」と「」、そして「家族道徳」が重視されます。儒教は「周」王朝の政治を理想としています
周王朝の政治は覚えていますか?
「氏族」の関係を重視した封建制でしたね。儒家はこうした家族(氏族)を単位とした繋がりを大切にします。儒家は戦国時代が終わらないのは「家族道徳」を忘れ、各諸侯が勝手に行動するようになった結果だと説きます。このような周を理想とする政治を「周礼」と呼びます。


儒家の代表格とも言えるのが、孔子です。この人抜きでは儒学は語れないという人です。孔子は「仁」と「礼」を説きました。

相反する考えを唱えていたのが孟子荀子です
孟子は易姓革命を唱えた人ですね。まさに孟子は中国王朝が連続した一つの王朝であることを理論立てて説明した人なのです。
彼が易姓革命を唱えたのには理由があります。
孟子は君主(王)足るもの「仁」を持って国を治めるべきだと主張しました。これを王道と言います。彼は王道を守れない王朝は革命をして打倒しても構わないということを主張したのです。
これはロックの社会契約説に通ずる考えですね。この考えが古代から芽生えていた中国史...。恐るべしです。
孟子はまた、性善説を唱えました。これは「人間というのは放っておいても学習する...。だから王はそれをただ見守っていればいい...。」というように考えればいいでしょう。まさに人間の本質を「善い」と捉えた考えです。ちなみにこの考えはルソーの考えに通ずるのでもう....この時代の中国は思想の宝庫ですね。

荀子は孟子とは異なる性悪説を唱えました。これは性善説とは逆の考え方で「人間は放っておいたら学ばないのだ...。だから善い方向に導いてあげる必要がある」という考えです。動画で中田さんがいっている通り、教育論という見方もできますね。

法家

法家は法律を持って国を治めるという法治主義を唱えました。
彼らは道徳ではなく、合理的な法律を持って人々を支配することを主張しました。この法家を持ってして国をおさめたのがです。
商鞅の変法を初め、春秋戦国時代をまとめ、中華統一を果たした始皇帝の時には李斯という法家が政務をとっていました。彼らのような法をもって中華統一を目指すものたちにとって周礼を理想とする儒家の考えは邪魔だったようです。
始皇帝の頃には儒学の本を焼き払い、儒家らを生き埋めにしてしまう焚書・坑儒を行い徹底的な思想弾圧を行いました。しかし始皇帝の死後、王道を失った秦は国民の反発を買い、秦は間も無く滅びてしまうことになります。

儒家と法家

儒家と法家の考えは本来、対立するものではなく両立できるものです。儒家・法家の考えとこの秦の興亡の歴史は国を治めるにはこの「道徳」と「法律」の共存・バランスが大切だということを私たちに教えてくれます。

その他

老子・荘子らの道家や墨家・陰陽家・兵家・縦横家など様々な思想家が誕生しました。
特に道家の「何もしなくても良い」という無為自然の考えは生きづらい今の世の中において私たちに勇気をくれますね。

チェックリスト

  • 諸子百家が出現した時代背景について説明できる。
  • 儒家と法家の考え方の違いについて説明できる。
  • 性善説と性悪説について説明できる。

参考サイト

Youtube【東洋哲学史①】〜春秋戦国時代の思想家たち「諸子百家」〜